本の紹介 KGBの男──冷戦史上最大の二重スパイ
ベン・マッキンタイアー著/小林朋則訳/中央公論新社
「今年の1冊」として『KGBの男』を推したい。滅多にないと言っていいくらいおもしろいノンフクションである。 この分野の書籍に求められるものは、未知だったことが明らかにされていること。同時に嘘がないと思わせる迫真性があることだろう。この本はこれらの条件を満たし、読んでいる読者にも緊張感をもたらす。私などは、もう頁をめくる手を止められなくなってしまった。 主役はオレーク・ゴルジエフスキー。KGBに所属し、海外で情報を収集する役割が課せられている。と、同時にソ連の国家機密を西側に渡す、つまりは二重スパイである。 西側、例えば米国に潜入したソ連の諜報機関員は、その物質的豊かさに直面する。そうすると、いやが上にも国家指導部が誤っていることを思い知らされる。つまりは、自己肯定感を持てない。おのずとスパイ組織も腐敗しかねない。上層部が彼らのモチベーションを上げるには、出世、給与含めた待遇の改善しかないが、それも限界がある。そこで、早めに結婚させ子を為させる。要は妻子を人質代わりにして裏切りを防ぐしかなかったのである。 一般国民レベルでも政府が反共産主義者の密告を奨励したこともあって、互いが疑心暗鬼。職場の同僚、近所の住人、同級生、そういったもろもろの人間同士が互いに見張り合っている状態である。 ゴルジエフスキーは早くから抑圧された国家体制に疑問を持ち、やがて限界を迎えるであろうことを予感し、亡命することを決意していた。幸い、上司に巧みに取り入って、家族ぐるみで英国に赴任することに成功していたのだが・・・。 後にサッチャーからもレーガンからも直接会って礼を言われるくらいの大きな“働き”をした人物なのだが、大きな代償を支払わされることになる。家族は離散し、ゴルジエフスキー自身、今日でもロシアの組織から命を狙われているらしい。 月並みな表現だが、人間にとって幸福とは何か、考えさせられもする。 余談だが、まさしく、この本を読んでいた8月下旬、ロシアの野党党首が毒を盛られたというニューズが拡散した。なるほど、今なお、世界中でスパイが暗躍しているのだと思わされた。
紹介者 菊池市在住:H・I
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